規制と緩和

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認知されたギャンブルの成長性

パチスロ5号機になってから、パチスロ人口が減少傾向にあると言われている。他のアミューズメント(エンターテイメント)事業と比較した場合、パチスロ・パチンコは客(打ち手)の重要性が非常に大きい。例えばゲームセンターなどの場合、客がゲームセンターに足を運び好きなゲームをプレイする。面白ければ追加料金で更に続けて遊ぶことが出来る。ゲームセンターでは遊ぶ人がお金を消費して約3分程度の余暇を娯楽に変えることが目的だ。決して、お金が減ったことに対して腹を立てる人はいないだろう。客は遊ぶために来ているのであって、お金を消費することが遊びへの対価だと考えている。
しかし、ギャンブルの場合は元金を増やすことが目的であり、遊びに来ている訳ではない。ではなぜ、遊び(エンターテイメント)がなくてはいけないのか?それはギャンブル性の問題であり、遊びながらお金が増えるといったものにギャンブルが進化したと考えられる。

パチスロ4号機では、主なボーナス放出要因がゲーム数解除だった。4号機では規定ゲーム数分、お金を渡すからボーナス揃えられないかと考えた人もいるだろう。ボーナス放出が決まっていると言うことは、それまでのゲーム数は遊びでしかないということだ。つまり、出玉が増える時(ボーナス)がギャンブルが活きる部分であって、それ以外は遊びである。5号機のボーナス放出は毎ゲーム抽選や同時当選である、つまり遊びとギャンブルが共存が4号機よりも活動的に行われている事だと思う。確かにボーナス放出契機をゲーム数でコントロールした方が、意図的な演出を作る事が出来るし面白さを追求することも出来る。4号機に連チャン性があったのは、ギャンブルが活きる部分の集約であって本当は当選時に放出されるべきものだ。ストックというのは非常に賢い機能だと今も思っている。
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認知されたギャンブルは規制がある。生活がままならないほど、お金の変動が激しいギャンブルというのは将来的に国を滅ぼしかねない。お金は物資(遊び以外のサービスなど)に交換され、経済が成長する。遊びに費やされたお金は、生活にはねかえってくる事はほとんどないだろう。パチスロ・パチンコでは遊びに使われたお金は更なるエンターテイメントの創造に費やされる。遊びは遊びのみ発展し続ける。ギャンブルは規則を守りながら成長するが、規則が成長を止めてしまうこともある。4号機で得た知恵やノウハウといったものが、なぜこうも活きづらい5号機規則になってしまったのだろうか。

行政への陳情に至った理由を「柔軟な解釈にしてもらうことで自由な設計、アイデアが出せる余地がある」とし、陳情した21項目のうち7割ないし5割程度が認められることになれば「5号機でもファンを引き戻せる機械をつくれる」と述べた。5号機の適合率が悪いのは、メーカーが射幸性の上限を追求しすぎているため

射幸性の上限を追求しすぎているため、規則が厳しく感じるという言い分は、確かにあると思う。打ち手が機械割といったものを意識し過ぎている事などがメーカー側のパチスロ機開発に影響を与えているという考え方も出来る。しかし、射幸性が低下しているのにコイン単価がそれほど低下していないというのはどうなのでしょうか。現状のコイン単価は2.2〜2.5円程度とされていて、低下しているとコメントしているがそれも実感としてはない。1000円あたりのゲーム数も初期5号機は4号機に比べ回ったが、現在は小役確率を変えられない関係上フォローできない3択役などの特殊役の出現に通常ゲームは4号機と変わらない回りようだ。
規則を改正することで、どの程度5号機が面白くなるのかは考えが分かれるところだと思う。